突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

南宋の都、杭州

仕事で上海と杭州を訪れた。俺は日頃、中国と中国人批判を徹底しているが、中国へ行くのは大好きなのである。杭州へは上海から高速鉄道に乗車し、「脱線したら車両ごと埋められるぜ」などと軽口を叩きながら南へ50分、150キロ。世界遺産、西湖の夕暮れはまさに筆舌に尽くしがたい美しさである。


西湖は周囲15キロほどの湖である。背後の山並みと荘厳な仏教史跡や優雅な姿の橋や蓮と柳の群生や…その見事な調和は1000年以上も前から人工的に作り上げられてきたものなのだ。西湖は京劇の悲恋物語の舞台となり詩人たちの題材となり、もちろん来たことはない松尾芭蕉は風景の美しさの例えに記しているそうである。

湖畔のシャングリラホテルの部屋からは西湖を独り占めにすることができる。しかし、冷蔵庫のエビアン二本で1500円を取られたのは驚きであった。エビアンは水である。水道水は硬水なのでエビアンを飲むしかない。巻き上げられるところからはなんと言われようが巻き上げるのがいかにも中国人である。俺はチェックアウトのフロントで「たーかいねーたーかいねー」と言いながら2回万歳のポーズをとったが、女性スタッフの「受け」をもらえたのが救いだった。俺は外国に出るとなぜか欧米人の下手な日本語をしゃべってしまったりもするのである。

下は杭州から上海に向かう日本の新幹線をパックって作りながらそれを認めようとしない高速鉄道である。特等は新幹線のグランクラス同等の座席だが150キロ走って4000円ちょっとなのでグランクラスよりもはるかに安い。シートは素晴らしいが、窓は砂埃で曇り、ドリンクホルダーは掃除をしてないのでベタベタに埃まみれだった。乗務員の若い女に笑顔はなくビールをくれと言ったらぬるいジュースを持ってきた。ハード面は整ってきてもソフト面は相変わらず後進国である。しかし、今回の俺はそれを見て、まだまだだなと思いどこか嬉しかった。


7年ぶりに上海を訪れたが、女がきれいになり街も清潔になっていた。7年前までは思わず飛び退きたくなるような汚く悪臭漂う通行人とすれ違うことがあったが今は皆無である。10年くらい前、上海の勤め人の平均月収は3万程度だったが、今は20万は当たり前で景気のよい会社では40万も珍しくないそうだ。わずかな間に驚くべき変化である。しかし、一方で上海や杭州市内のマンションは100平米で5000万円から1億円以上というように10年前の5倍から10倍に跳ね上がっている。
今回俺は杭州の20代後半の優秀な若者と色々話をしたが、彼らの世代は家と車を買うためにみんな必死なのだそうだ。それがなければ男は結婚することができない。人生の目標が家と車になっていて、日中関係も軍拡も民族問題もあまり興味はないのだそうだ。そう言いながら彼は、天安門事件文革の暗黒もいまだはびこる役人の腐敗や特権構造も全て詳しく知っていた。ネットを見て多くの若者は同じように知っていると言っていた。中国共産党は現代史の暗部を覆い隠してきたので若者は何も知らないかのごとく日本では報道されているが、それは全くの間違いなのであった。だから本当は興味を持ち問題意識も強いはずなのである。しかし、真相を知ろうとはするが、日々の生活レベルでは自分の身の回りの今と近未来にしか興味がないという。それは無駄な抵抗への達観という単純な話ではなさそうだ。三日間話を聞いたにすぎない俺にはその複雑な精神構造はもちろん理解できなかったが、やり取りを聞いていた年配の中国人女性が言った。「日本のマスコミは中国を全く理解しようとしていない。56の民族と13億の人口を抱える中国という国が何とかまとまっていくには本当に難しい問題だらけなのです。」