突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

1時間50分で行く別世界

およそ2年ぶりに北の果て、稚内を訪れた。8月後半のこの日の最高気温は19度だった。

稚内から車で40分くらい行くとサロベツ原野に差しかかる。
ガキの頃、俺は地図を眺めているのが好きだった。57にもなってガキの頃の自慢話もないわけではあるが、ガキもガキ、まだ4歳だった頃、慶応大学の地理学だか教育学だかの先生が俺を取材して著書のネタの一部にしてもらったことがある。「4歳児なのに日本地図が書ける子供」というようなテーマで、先生が家にやって来たとき、おふくろが嬉しそうだったことを微かに覚えている。
その後、小学校に上がっても地図を眺めていたのだが、その頃、俺を惹きつけていた国内の地名は、与論島沖永良部島奄美大島南大東島足摺岬隠岐島大雪山、網走、そして稚内・・・要するに「僻地」に憧れる性質を持っていたわけである。
稚内は今でも北の最果てである。空港を降りた途端に、冷たい風や、森林ではない原野が広がる景観や、白色に輝く日差しに出会い、別世界へ踏み入れた感慨を覚えることができる。俺が知る限り、羽田から一本で容易に行ける場所の中で、国内にこんな別世界はない。

稚内空港でレンタカーを借りて30分ほど走ると日本海に浮かぶ利尻島の絶景を観ることができる。誰もいない浜で冷たい風に吹かれながら立ちつくすだけでもやって来る価値は充分にある。
そこから10分も陸側に入れば360度地平線の彼方まで原野が続く。

稚内はやはり閑散とした街ではあるが、想像以上に大きな街であり静かな活気があって沈んだ感じを受けることはない。魚貝類が豊富で美味いのはもちろん、牛タン屋で定食を頼めば3人前くらいの肉が出て食い切れない。あちこちで売っているソフトクリームも格別であり1日に3個は食いたくなる。
街中や周辺部には広々とした温泉施設が整っていて柔らかな泉質が心地よい。ホテルや飲食店の人々は気さくで感じがよく一癖ありそうな人物を見かけることがない。そして、いるにはいるが声のでかい大陸人が少ないのも実に爽やかなのである。
俺は、前にも稚内を絶賛したような気がするが、今回も絶賛したい。俺はANAマイレージを使うのだが、トップシーズンは日本中どこも予約が取れない中でも稚内だけはたいてい空いている。
羽田から1時間50分乗るだけで、絶景を独り占めできて食い物も温泉も素晴らしい稚内なのに、なぜみんなやって来ないのか不思議でならないのだが、今回読んでしまったあなたもそのままできればやって来ないでいただきたいのである。

俺は再び絶景海岸に戻った。


俺は、東京へ帰る稚内空港直前の道路脇に潜んでいたおまわりにスピード違反で捕まった。他の車と同じようなスピードだったがなぜか捕まった。24歳くらいのおまわりは「交通規則を守らなければダメですよ」と、自信たっぷりに言い放ったので「てめえ、口のきき方に気をつけろ。俺以上に出している車を全部捕まえてから言え。こんな捕まえやすいところで、隠れていて、気分良く東京へ帰ろうとしている人間を騙しうちにあわせてガキのくせに威張っているお前はクズ野郎だ。だからお前らはは世間の嫌われ者だ。俺は急いでいる。小僧、くだらねえこと言ってねえで早く処理をしろや。」と言ってやった。小僧おまわりは「私は小僧ではありません!」などとくだらん抵抗をしていたが、「いや、お前は小僧だ。丸出しの小僧だ。」と言っておいた。そして、近ずいてきた40歳くらいの先輩おまわりは「小僧とかそういう問題じゃないでしょう」と言ったので「うるせえ、ばかやろう。お前ら不公平な半端な仕事を棚に上げてガキのくせに偉そうにするからこういうことになるんだ。おめえは小僧に教えるおまわりだろうが!」とまで言ってやった。
俺はすっかり不愉快になったわけであるが、羽田に戻ってさらに不愉快に追い打ちをかける例の5連続巨大看板がまだあることを横目で見ながら帰宅したのであった。