突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

箱根湯本 萬翠楼福住

印象深い旅館だった。1625年創業の萬翠楼福住は箱根の旅館第一号。現在の建物は明治12年(1879年)のものと聞いた。
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重要文化財である。
書は伊藤博文による。
この15号室には西郷隆盛福沢諭吉、木戸孝充、井上肇も訪れたという。

俺が母と娘とともに宿泊した部屋は森鴎外が長逗留して「青年」という作品を執筆した、と聞いた。8畳と6畳と広縁、源泉の部屋風呂付きであり、当然食事は運ばれてくる。

一級の日本旅館というものは、ただそこを訪れて、部屋と建物に刻まれた歴史の重みを感じたり、柱や天井の木材に感心したり、湧き水の庭を眺めたり、もちろん文句のつけようがない料理と掛け流しの源泉を堪能する、それが旅の全てになるのだ、ということを知った。チェックアウトしたらもうどこにも寄らずに豊かな心持ちで帰途に着く。

番頭さんは長年客に満面の笑顔を向け続けて来たので地顔が笑い顔になってしまっていた。こういう番頭さん顏を久しぶりに見た。

先代女将の説明は懇切丁寧であり、始めのうち高齢の母はしゃがみ込みそうになっていたが、部屋の凝った作りや隠れた細工についての興味深い話に、しだいに元気を取り戻していた。
俺は旅館でも料理屋でも、「すごいでしょう」みたいな感じで押し付けがましかったり、料理人が偉そうな顔でこだわりを語ったりして馬鹿高い店が大嫌いなのである。奢ってもらうのでも行きたくない。
萬翠楼 福住はすごい旅館なのに、押し付けや奢りは微塵もなく、宿料も高くない。値上げしても同じように客は来るはずなのに値上げしない。それも本物の誇りなのだろう。