突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

岩手県久慈市は厳寒だった。

岩手県久慈市は人気ドラマ「あまちゃん」の舞台である。

この岩手県北東部の港町には、東京からは東北新幹線で盛岡の二つ先の二戸駅で下車して一時間半ほどバスに揺られて山間部を降りていく。太平洋側の久慈に近づくに連れて雪は小ぶりとなるが寒さはさらに厳しくなる。

このような街への出張は貴重である。自分で行くことはまずないであろう東北のはずれの港町。温泉が湧くでもなし、史跡があるわけでもなし、美味いものなどあるわけがない。駅前以外は人影はまばらであり、駅周辺にもお茶を飲める店もない。点在する商店は当然シャッターが降りたままであり、空いていてもこの洋服店は何を売っているのかわからない。仕事の後、久慈の人が連れて行ってくれたのは土地の土産物が集められた「道の駅」であった。

この40㎝ほどの味が濃そうな大根は100円である。白菜、椎茸、昆布などどれも色艶がよく、東京の半値以下で売られていた。俺は日頃からマーケットに行って食材を物色したりするのが大好きなのであり相場は10円単位でわかっているのである。

俺の不恰好な人差し指ほどもあるジャンボ鶏卵には驚いた。こんなものがあったのか。300円くらいで売ればいいのに180円である。東京で売っていれば間違いなくこれを常食するだろう。目玉焼きは一個では寂しいが二個は食いたくない。俺は同行者を呼んで「でかいよなぁ…こんなの見たことねえよなぁ…」などと驚き合いながら結局、椎茸2袋と出し昆布と鰯節と味噌汁の具を買った。1000円札でたっぷりお釣りをもらった。

道の駅の正面には、「れとろひろば」という小道が作られている。土地の食い物である「まめぶ汁」「牛すじ串焼き」「琥珀ラーメン」などの店が並んでいるが昼時にも客は皆無であり氷点下の風が通りすぎていくのみなのである。
俺はこの冬、長野の松本で−10.7度を体験したが、風があるので久慈の方がはるかに寒い。上から下までユニクロヒートテックで防備したが「れとろひろば」直後に腹痛となっていった。

道の駅の二階には「レトロ館」という入場料300円の展示コーナーがある。暇なので入ろうとしたが切符売り場はしまっていて誰もいなかった。久慈市はどうやら「あまちゃん」の後、「懐かしい街」を売りにしようとしているようであるがダメだったようである。


俺は今回、最低気温−8度最高気温0度の東北北部で頑張っている若者や会社の社長さんたちと仕事をし酒を酌み交わした。近隣の村の副村長や市役所の人たちや観光ガイドの女の子も会いに来てくれた。みんな復興へ向けて公私に苦労しながらも自分の役割に一生懸命であり、やって来る人間にはあたたかい。俺は自分の中のどす黒く曲がった部分が痛かった。
それにしても、街の寂れ方は尋常ではない。このままではあまちゃんの街も消滅に向かって行く。
写真に写った五人の女の子は高校三年生。「あま隊」という名前で街のPRをしている。実際に海に潜って本物の海女さんの手伝いをしているという娘もいた。みんなシャイだが瞳が輝いている。この春で「あま隊」も卒業である。
しかし、俺が「跡継ぎはもう決まったの?」と言った時だけ目を伏せて曖昧な顔になってしまった。