突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

還暦でタバコをやめる


ついにその時がきたのである。俺は60歳の誕生日の翌日から禁煙することを決め、もう数ヶ月前から知人に宣言しまくり、会社では「もし“発見”したらその場で1万円を払う」約束まで発表してその日に臨んだのである。今日で5日目になるが、初日と二日目は、就寝前と朝メシ後に耐えられず1本ずつやってしまった。やった後、何という意思の弱さなのかと腹が立ち、部屋中の灰皿を仏壇の隣に置き、取ろうとすると写真の母と目が合うようにしたし、余っていた全てのタバコをうなりながら流しに水没させた。その後3日間は一本もやらずに禁断症状に耐え続けている。
思い起こせば、15歳の時に時々吸い始め、高校に上がってからは親父やお袋の前でも堂々と吸っていた。その後、45年間やめたことは一度もない。それほど俺のこれまでの人生に欠くことができず、快感ホルモンを分泌させ、喜びや苦しみを共にしてきたタバコをついに断ったのである。
「還暦」とはそれほど堪えるものなのだ。
親父が還暦の時、俺は17歳だったが、親父はとんでもなく大人であり岩のような重々しさと威厳があってすでに老境の只中にいた。それに対して、俺はきょう、アロハシャツに短パンでアウトレットを歩き回り、ユナイテッドアローズで安い麻ジャケットを買ったりしている。やること、考えていることは30歳の時と大して変わらない軽さである。確かレヴィ・ストロースというフランスの哲学者がかなり前に言った言葉だと思うが、「今、人々は常にショッピングセンターを歩き回っている。そして、ショーウインドーに映された自分の姿を見て一瞬ハッとするが、またすぐに歩き回るのだ。」・・精神的未成熟の時代を見事に予見しているように思う。
そんな未成熟感の中にあるほど逆に「還暦」が堪えるのである。
2016年の発表では、日本人の男の平均寿命は81歳であり1990年の76歳から5年も伸びている。しかし、健康年齢は71歳が平均らしくこれには変化がない。後、10年ちょっと!・・
さっき数えてみたが、これまで俺は19カ国を旅してきたが、まだまだ知らない世界を見てみたいのである。仕事だってやり遂げねばならないことがある。近郊の田舎に小屋を買いバラと池越えの超ショートホールの庭も作りたい。気の置けない人々とくだらないことを言い合って笑っていたい。そして、何かを習得して少しは成熟し深くなっていきたいのである。
・・・どのくらいで禁断症状から抜け出せるのだろう・・・。

還暦となった俺が嬉しいのは、こんな大したこともない俺を喜ばせようとしてくれたり、俺に何かを期待してくれたり、一緒に笑い合おうとしてくれる人たちがいることである。
写真は、六本木の裏通りの雑居ビルにある小さなイタリアン。美熟女!3人が還暦祝いに招待してくれた。「こういうことが続くあなたは幸せ者よ」と言われ「やっぱり人徳じゃねえの」というと3人とも無視していた。7時前から始まり深夜1時すぎまで、50前くらいの只者ではない空気を漂わせ、次の瞬間切れそうな緊張感と独特の色気を発散する無口なイケメンシェフによる絶品イタリアンが続いた。美熟女達はこういう隠微な店が好きなのである。隣のテーブルにいた場違いのどんぐり顔30代男と20代女2人のグループはシェフの緊張感と美熟女3人の圧にやられて、男はムリな余裕を装おうとはしていたが徐々に押されていき満足に注文もできなくなって帰っていった。その間笑いあい、時に俺の甘さや弱点についての指導もあり、俺は60であることも忘れていつものように調子に乗っていた。見送られてタクシーに乗り込むと40くらいの運転手が「すごい熟女軍団でしたね」などと言っていた。「なぜ、すごい、までつけるんだ?」ときくと「いや、すみません。なんとなく・・すみません」と言って何も言わなくなった。