突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

猛暑の台北を歩く



滞在した4日間はおおむね晴れていた。気温は東京と同じ34度ぐらいであるが暑さの質が違う。超高湿度に重たい太陽光を浴び続ける逃れようのない暑さ。街中の公園の婆さんたちはよほど暑さに強靭なのである。俺は2日目の午後から腹痛に襲われ、メコンデルタの魚にやられた時と同じような食中毒なのか、と思ったがそうではなく暑さにやられたのである。それでも俺はたびたび座り込みながらも歩き続けていた。


101階建ての超高層ビルや整然と整備された街並みのすぐ裏側にはこんな小汚い場所があったりもする。

台北の街は、俺のような年代にとってはどこか懐かしい。

昭和30年代から40年代の前半、子供だった頃の既視感と五感の記憶のようなものが一瞬内側から蘇り思わず立ち止まったりしてしまう。この感覚は、上海や北京やバンコクホーチミンでも感じることはできるが、台北はそんな場面があちこちに散在している。
この感覚は「懐かしさ」とは少し違うのかもしれない。立ち止まる度に、これはいつ頃どこで刻まれた記憶なのか思い出そうとしている。…子供の頃、母に言われて鍋を持って豆腐屋へ行った時の夕方の商店街の匂いだったり、裏町の風呂屋の前で見かけた白いTシャツにジーンズで通り過ぎていく髪の長い少し年上の女の子の姿だったり…。
こうした感覚は決して心地よいわけではなく少し息苦しかったり喪失感を伴ったり…それでも感じたいのはなぜなのだろう。

台北の人々が概ね親日的であるのは1日歩いてみるとわかる。庶民的な店屋に入り日本人だとわかると気を許してくれることが多い。

食べ物屋や土産物屋の店員にそれほどのサービス精神はないが、多くは明るく元気で屈託がない。ある大きな土産物屋の62歳くらいのおばさんは烏龍茶やヒスイの置物やバナナケーキや…あらゆるものを俺に売ろうとしてぴったりくっついていたが、日本語で「最近わたし成績が悪いの」とまで言っていた。「クビにはならないでしょ?」と言うと笑いながら「私なんかすぐクビよ」と言うので俺はドライマンゴーを3000円分購入した。俺はお人好しを自覚してはいる。おばさんはお人好し全員に同じことを言うのだろう。
街じゅうのおばさんやおじさんや婆さんや爺さんの表情はどこか間が抜けていて大らかとも言える。イライラしたり陰険そうな顔つきを見ることがない。おそらく婆さんたちは、公園で孫が全身泥だらけになって遊んでいても座ってにこにこ眺めているだろう。
台北の懐かしさは、あの頃の日本人にどこか似ているこのような気質とも関係しているのだろう。

俺の子供時代は高度成長の前期である。ビルができまくり道路や鉄道の工事だらけの中、埃っぽい鉄道の高架下の空き地やビル建設用地に忍び込んだりして遊んでいた。だからこんなところでも立ち止まってシャッターを押すのである。