突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

福井のニーナ

金沢を訪れた週は同じ北陸路、福井にも行った。料理屋での商談がまとまった後、クラブに連れて行ってもらった。地方都市で会食をすると二次会はホステスさんがいるクラブとなることが多い。だいたい会食は9時前に終わり、その後は仕事の話から離れて関係を深めたいが、おっさん同士が場所を代えただけでいきなり世間話で盛り上がるのは難しい。見ず知らずのホステスが間に入ることによりおっさんは突然身の上を語り合ったり、歌を唄いはじめたりするのである。

ニーナは14年前にロシア極東の都市、今頃は−30度まで下がる厳寒のハバロフスクからやって来た。来日直後に日本人と結婚したが今年離婚した。ホステスは離婚後に始めたばかりである。俺はいずれハバロフスクというところに行って見たいと思っているので店にいた2時間半は歌の時間を除きずっとニーナに質問を続けていた。ふつうホステスはどんどん入れ替わるが、他の客はロシア人とは話しが弾まないようで、ニーナが別の席に呼ばれることはなかった。ニーナはスマホに納められた妹やその子供や友達の写真を嬉しそうに見せてくれたが、全員ロシア人であり、また両親の話をしなかった。離婚の原因は、子供ができなかったことが大きい、と言っていた。「ハバロフスクへは帰らないの?」ときくと「もう自分が暮らしていくところは日本だから」と言っていた。福井には仕事を求めてやって来たロシア人がたくさんいる、とも言っていた。ニーナは俺に「ドストエフスキーを読んだことはある?」と質問した。「昔、罪と罰を読んだがよく覚えていない」と言うと「ぜひ、白痴を読んでほしい。私は何度も読みいつも持っている。」と言っていた。「白痴」は、やや足りないながら誰からも愛される善人である貴族の主人公が19世紀末の病んだロシア社会との対比で描かれるドストエフスキーの代表作の1つということである。
隣の席の30から40代の8人ほどの奴らが、一部上半身裸となりながら絶叫して歌いまくっていたのが腹立たしかった。店中が眉をひそめていた。連れて来てもらっている身でもあり1時間は我慢していたが、「おいうるせえぞ。話ができねえだろうがっ!!」と怒鳴ると静かになった。事前に、保険屋の集団と聞いていたので気軽に怒鳴ることができたわけであり、色黒の坊主頭の集団にもやるわけではない。
やっつけた後、ニーナに「俺57だけどロシアでもちょっとはいけてるかなぁ?」と酒に任せて実にくだらない質問をした。「あと3キロ痩せて髪を真っ黒にすればかなりなもんよ」と言っていた。連れて来てくれた3人はその間ずっと黙っていた。
その後、彼らから連絡はない。

この街でたくさんのロシア人が働いているのである。