突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

高倉健が亡くなってしまった。

渥美清が亡くなった時と同じくらいの落胆なのである。(写真はyahoo画像より拝借)


俺はかつて映画をよく観ていたが特に日本映画をたくさん観ていたわけではない。しかし、小中学生の頃はテレビで日本映画をよくやっていてかなり観ていたと思う。昭和40年代にはヤクザ物でもゴールデンでやっていた。深夜枠ではかなりエロいやつもやっていた。あの頃のテレビには表現への自由な気運があり今のような偽善者ではなかったのである。「寅さん」シリーズの前身となった渥美清の名ドラマ「泣いてたまるか」などの人情ものも大好きであった。
その頃のヒーローは野球選手と映画俳優だった。
小中学生だった俺の精神性を形作っていった要素として映画のヒーローたちの立ち居振る舞い、喜怒哀楽、勧善懲悪、義理人情、任侠心、女との付き合い方、表情のつくり方、ものの言い方……などなど、その影響の大きさは計り知れないものがある。中学2年生になると田端にあった「名画座」の二本立て300円を独りでよく観に行ったが、俺はトレンチコートにサングラスをかけたりしていた。ヤクザ物を見過ぎていた俺は中学生の頃から眉間にシワも寄せていた。

高倉健の映画はあまり観ていない。その強力なオーラを目の当たりにするだけでもう映画を観てしまったような感動を残してしまう大俳優。遠くを見つめて立っているだけで無数の日本人の物語が生まれていく。こういう人はもう出ないだろう。

小中学生だった俺の精神形成に多大な影響を与えてくれた名優はみんな亡くなってしまった。少し思い出してみたくなった。

俺は寅さんが大好きだった。30過ぎてからレンタルビデオで再び観まくった。トラさんはかっこいい。寅さんは恋愛の達人でもある。

田宮二郎が猟銃自殺を遂げたのは70年代後半だった。スマートで甘い二枚目でありながら孤独の陰りが深く、正義と悪徳が同居した深みを持つ名優だった。43歳で亡くなる前は躁鬱病に苛まれていたという。

勝新太郎田宮二郎とのコンビ作、「悪名」シリーズは大ヒットした。

勝新座頭市が大好きだった。近年、たけしや香取慎吾座頭市が作られ観てみたが、ひどい代物だった。勝新座頭市には、背負ってしまった宿命への深い哀しみと日陰者の自覚、最終的に仕方なく仕込み杖を抜く葛藤があり、たけしの座頭市は喜々として人を斬っていた。こんなものは座頭市ではない。勝新座頭市アメリカの場末映画館でも上映され、黒人に大人気だったという。
勝新は30数年前、ホノルル空港で麻薬をパンツに隠し持っていて捕まった。記者会見で「なんでかわからないがパンツに入っていた」と言って最後まで入手先を吐かなかった。
勝新といえば、「兵隊やくざ」シリーズも大好きだった。

勝新演じる大宮二等兵は飲む打つ買う暴れるが全て揃い悪徳上官をボコボコにしたりもするが、温厚で知的で正義感の強い田村高廣演じる上官にはいつも頭が上がらず忠誠を尽くす。
1980年の映画「泥の河」で田村高廣が演じた運河沿いに立つ鄙びたうどん屋の親父は、俺にとって、器の大きな大人の男の優しさのお手本だった。56になる俺は未だそんな男には程遠い。

鶴田浩二のヤクザものはあまり見ていない。大学生だった70年代後半にNHKでやっていた「男たちの旅路」シリーズを観ていた。鶴田浩二のセリフは長いカットが多かったが、言葉のひとつひとつに圧倒的な説得力を感じた。同じ話でも語る人物によって別次元の力を持つことを知った。昭和の名優には言葉や表情や立ち居振る舞いのなかに常人を超える説得力があった。人間を演じ人生を演じる上で、凄みと深みと美しさがあった。名優自身が生きてきた時代の深い悲しみや苦難や、それと対極にあった夢や願望が深みをもたらしていたのだろう。

人間くさい悪役顔で成田三樹夫を超える俳優はいない。悪辣な裏金融のボスでありながら最後に情に流され殺されてしまうような役柄で超える俳優はいない。俺はガキの頃から成田三樹夫が大好きだった。顔だけでなく声もどす黒い本物の悪役は、なんと東大に合格したが1年で退学している。「アカデミックな雰囲気が気に入らなかった」と語ったそうである。何をしに東大に入ったのだろうか。理解を超えた、謎の深い男もいなくなったようである。