突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

ふたたび浅草



日曜日に東京ゲートブリッジを観てから浅草を歩いた。東京ゲートブリッジは、無味乾燥で何の情緒もないただの鉄橋だったので写真はない。こんなものが東京の新名所になるはずもない。巨額の税金使って何をやっているのか。外国からの客船が東京に入港し、彼らがこの橋を眺めた時、どんなに失望することか。
一方、浅草の賑わいには驚いた。墨田タワー効果なのか、俺は人でごった返す浅草を始めて見た。しかも主役は爺さん婆さんではない。若者も多く、中国人、韓国人、西南アジア観光客も目立っていた。いや観光客ではなく、奴らの多くは日頃の安月給の苦役...日雇い、客引き、立ち食いそば店員など...から束の間開放された不法労働者であろう。やはりここでもでかい声を発して通行を塞ぎ、ヒンシュクをかっていたのは中国人どもであった。
俺が好きな浅草は、天麩羅、すし、すき焼き、とんかつなど日本のうまいものが路地を埋め尽くし、それらが全部揃った昭和30年代からの大型大衆食堂もあり、そこにはどこの田舎から出てきたのだろうと思わせる小太りのけなげな姉ちゃんや 「うめえ」と言うと調理場の奥から魚をさばきながら「ありがとよ」と答えるタヌキ顔の親父がいるけれど、街全体は閑散としていて、鼻歌まじりの得体のしれない坊主頭のおっさんが自転車で通り過ぎて行くような…東京なのにまったく別の時代の空気が流れている …そんな浅草なのだ。
浅草がついに中国人に見つかってしまった。奴らがやって来ると街の風情がぶち壊しになって行く。京都の祇園の荒らされかたは以前に書いた。
散歩のあと、三定で天丼を食った。三定は江戸からの老舗である。俺は天丼を食いにわざわざ浅草にやって来る。葵丸進にもいく。浅草の天麩羅は胡麻油で揚げてくれる。俺は胡麻油で甘口タレの天麩羅が大好物なのである。隣で大学生の兄ちゃん二人が俺と同じ上天丼1780円を食い生意気にビールまで飲んでいた。すると突然、俺に写真をとってくれと言う。ああいいよ、と言ってシャッターを押してやったが、モニターを見てもう一枚だと言う。俺が学生の時代には浅草で一人で天丼を食っている自分の親父世代のおっさんにこう言う慣れた口は聞けなかった。「おー、いいよいいよ」などとニコニコ言ってやる自分が情けなかった。こういう時は一言「調子にのんじゃねえよ」と言ってやるのが大人の振る舞いなのだろう。大好きな浅草が変わっていく。