突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

ローマと中国人


ローマから飛び立ったばかりのタイ航空はギリシャ上空である。バンコク経由で帰国する。なぜヨーロッパに南回りなのか。安いからである。一番安いのは中国国際航空であるが、「頻繁に遅れたり飛ばなかったりして、半分北京旅行になる可能性もあるのでお勧めしません。ココだけの話にして下さいね。」と旅行会社の人に言われたので、次に安いタイ航空にしたのだ。
しかし、コレが実にイイ。ローマ空港の各チェックインカウンターは世界中の観光客で長蛇の列であるが、人気のないタイ航空はまるでビジネスクラスのように全く並ばずにチェクインである。機内スタッフも中国国際航空のように横柄ではなく明るい。CAがやって来て、「家族連れの方がいるので席を替わってくれませんか」と言うので、なんで俺なんだ、面倒くせーなと思いながらも、「いやだ」とも言えないので替わってやると、なんと並んだ三席には誰もいないエコノミー先頭の足が伸ばせるシートである。「こりゃビジネス以上だね」と言うと目がぱっちりした陽気なスタッフ男は顔を近づけ、「あなたは良さそうな人だからですよ」と、小声でてきとーなことを言いやがったが、悪い気はしない。バルカン半島を横断してエーゲ海が見えてきたが、眼下にこうした世界の絶景を見下ろしながらのフライトも南回りならではである。

さて、前置きが長くなったが、俺は今回53歳にしてはじめてイタリアを訪れ、ローマに5泊した。ナポリフィレンツェにも一日ずつユーロスターで日帰りした。ともにローマから片道1時間ちょっとである。パックツアーにはなぜ「5泊7日でイタリア3都市周遊の旅」がないかと言えば、いっぺんに行って欲しくないからだろう。
やはり旅は自分で手配して一人旅がイイ。つかの間の旅であっても、自分からその土地の人にどんどん話しかけブロークンイングリッシュで冗談まで言ってしまう。いつもの自分とは違う人間になるわけではない。それも自分なのだ。そんなことが解ったり、土地の素顔を垣間見ることができるのは一人旅である。男も女も35を過ぎてある程度世間の表も裏もわかり始めたと自覚してきたら一人旅に出た方がいいと思う。

イタリア人は噂通りに話好きで親切なヤツが多かった。
これから何回かに分けて、ガイド本には絶対に無い話と写真をみていただきたい。
すでにかなり話が長くなっているが、何しろこれから東京まで17時間。ヒマでしょうが
ないのだ。
今回俺は何度かイタリア人に同じ趣旨の話を聞かされた。そして共感し合い笑いあった。今日はもう少しその話をしたい。
サン・ピエトロ広場近くで団体客の面倒をみていた声のでかい50前後のせんだみつお似のサングラス男が「タバコをくれないか」と言って話しかけてきた。「あそこをみろよ。また中国人どもが集まって歩道で写真を撮りまくって通行の邪魔をしてるだろう。中国人観光客は俺たちが何か言っても、何も反応しない。まるで意に介さない。驚くべき奴らなんだ。奴らは地元の人間と全くコミュニケーションする気がない。あちこち集団でしゃがみ込むし、奴ら同士ではミャウミャウとかピュイピュイとか変な言葉ででかい声でうるさいし...俺は奴らがキライなんだ。最近凄く増えてきてイタリア人はみんな嫌がっているんだよ。あいつらはろくな教育を受けてないから英語も全く通じない。イタリア中、いや世界中中国人観光客だらけになってきたらしいぜ。奴らはすぐに金を払えば文句はないだろうというツラになる。あんたもキライだろう。」
これには誇張はない。もっと辛辣な批判をしていた。当然俺も「好きなわけがないだろう」と答え、そうすると大喜びとなり、話は文字にはできないような毒をを持ちはじめ笑い会うことになる。
同じような話を、スペイン広場近くのピッツェリアでも、テルミニ駅近くのリストランテでも、フィレンツェのカフェでも聞かされた。テルミニのわりと高いリストランテでは、雰囲気に押されて静かに食っていた若い女の中国人客二人が帰った後、店を仕切っている刑事コロンボ似の男がやってきて「いやな奴らが帰ったな。」と耳元で囁いた。これほどまでにイタリア人は中国人と気質が合わないのだ。日差しが強烈なため多くの観光スポットでは紙の日傘を若い黒人が売っていたが、何回か聞いた売り言葉は「これは中国製じゃないよー。本当に日本製だよー。」…であった。あちこちの広場のガラクタお土産ワゴンを覗いていると、「中国製ではないですよ」と声がかかる。たぶんすべて中国製だろう。
確かに、バチカン博物館のような、鑑賞者のマナーが厳格に問われる所でも、フィレンツェのドゥオーモ前でも、中国人観光客は大勢でしゃがみ込んで通行の邪魔をしたり、でかい声で喋りあってその場の雰囲気をぶち壊しにしていた。俺はあちこちで居合わせた人に写真をとってもらったが、中国人らしき女に頼んだ一枚だけは写っていなかった。要するに、快く撮ってあげようという気持ちがないから確認もせずにこういうことになる。
何やら初回にふさわしい話ではなくなってしまったが、駄目押しをもう一つだけ。
優れた革製品が多いと聞いていたフィレンツェでのことだ。品質と値段の関係をある程度掴みかけていた俺は、駅からメディチ家礼拝堂に向かう路地のまた路地にひっそりと佇む鞄屋を発見して入ってみた。入口から漏れてくる人目を憚るような暗い空気に何か惹かれるものがあった。かなりの品揃えであった。質もデザインも悪くなく、圧倒的に安い。青白く細い眼をしてうつむき加減の若い中国人女が一人で店番をしていた。「買うんだったらクレジットではなくキャッシュにしてください。」というつぶやきがなんらかの「裏商売」を感じさせた。「何でここは安いの?」と言うと彼女はきっぱりと主張した。
「全部イタリア製です。中国製はひとつもありません。」…

タイ航空は黒海上空を通過中。ヒマなので長くなりました。次回からは「ローマから東京へ脱出したいスペイン広場のバングラデシュ人名物ウェイター」や「ラファエロで名高いパラティーナ美術館での威張った館員との大げんか」など、きっと楽しんでいただけるエピソードのいくつかを紹介していく。


すみません。今回だけは顔を出したくなったのです。もうしません。



ナポリのサンタルチアではハイネッケンをくれと言ってもイタリア産にしろと言われる。