突然の旅人

大した話でもない黒坂修のアホ旅日記

山形と、劣化していない日本


写真は山形駅前のメインストリートと新幹線ホームからの夕景である。もし秋口にこんな夕景に包まれたら、その夜はシラフではいられない。俺はこんなに孤独を際立たせる景色の中では暮らせない。もし、こういうところで一人暮らしをするようなことになったら、うつ伏せのまま両手両足をバタバタさせたりしてしまうだろう。
山形カシオという会社はその山形市からさらに北へクルマなら4~50分。将棋の駒の生産で知られる天童市というところにある。時計、デジカメ、スマートフォンほか、俺が見ても説明出来ないハイテク製品を生産している。工場生産の現場は、人件費の安い韓国、中国、台湾にどんどん取って代わられている中、そうした新興工業国が真似出来ない技術力をもって日本の完全空洞化を食い止めている志高い会社が山形カシオなのだ。俺はいま、自分が担当する新規事業をめぐり、この会社が持つ「創造への心意気」に助けてもらっている。先日は打ち合わせの後、普通は部外者が入ることは出来ない工場の中枢部を見学し、夜は天童一と思われる料亭で常務さん、部長さん、チーフエンジニアさんに奢ってもらった。
本当に素晴らしい仕事師&ナイスガイなのである。これは奢ってもらったから言うのではない。彼らは浮いた話やハッタリは決して口にせず、人の話を面白そうに聞いて笑っている。そして自社製品の話になると、さらに屈託のない表情となり、謙遜しながらも嬉しそうに話してくれる。屈折した人物評や人の悪口は決して言わない。独善や虚飾とは別次元の控えめで爽やかな自信と誇りが漂う。こういう人たちに出会うと、自分のこれまでが、あっちでこう言い、こっちでこう言い、、、口八丁手八丁で生きてきたようにも思えてくる。
社員は740名。ほとんど地元採用とのこと。あちこち見学したが、ひねくれた眼をした社員やずるそうな動きをしている社員は皆無であり、コソコソしている社員もいない。製造の工程の多くはロボットが担い、スタッフはコンピュータでデザインしたり、顕微鏡を覗いたり、無菌室みたいなところで防護服みたいなのを着て高級時計製造の最終段階を仕上げていたりする。俺はロボットの動きの複雑な正確さや素早さに見とれて何回か鋼鉄の腕にブン殴られそうになった。
かなり前に、大阪のある有名ホテルのスタッフがいかにひどい奴らであったかを書いた時、「奴らから決定的に欠落しているのは自分の人生、自分の仕事への誇り」であると言った。その対極が山形にあった。劣化していない日本が東北にあった。